3人目の息子は発達障がいでした
現在、私たちは五人家族です。
三人目の子どもを授かることについて、実は私は長い間、迷っていました。
もともと夫婦で「子どもは三人ほしいね」と話してはいたものの、長男、次男と男の子二人の子育てに追われる毎日は、想像以上に慌ただしく、体力も気力も必要でした。
もし三人目も男の子だったら——
私は本当に、このまま子育てを続けていけるのだろうか。
そんな不安が、なかなか一歩を踏み出せずにいた理由です。
それでも、「子どもが三人いたら、喜びも、幸せも、きっと何倍にもなる」そう信じていた私たちは、三人目の出産を望み、ありがたいことに、第三子を授かることができました。
妊娠中の日々と、虹色のはじまり
三男を妊娠していた頃、長男と次男は幼稚園に通っていました。
臨月になるにつれ、大きなお腹で動くことは想像以上に大変で、思うように子どもたちと遊んであげられない日も増えていきました。
そんな中、出産を間近に控えた頃、私の趣味であるカメラで、家族写真を撮る機会がありました。
フォトコンテストに応募するための一枚です。
その写真を撮るために、長男と次男が私のお腹に絵を描いてくれました。
今振り返ると少し照れくさい気持ちもありますが、あれは確かに、息子たちとの大切な思い出です。
写真に写る私のお腹には、虹と太陽の絵。
お腹の中の赤ちゃんの名前は、すでに「朝陽」と決めていました。
——この頃から、「虹色の朝陽」は、もう始まっていたのかもしれません。
三回目の妊娠ということもあり、私はどこかで「出産も育児も、もう慣れたもの」と思っていました。
子どもは元気に生まれてくるもの。
その“当たり前”を、疑いもしなかったのです。
このときの私は、将来、自分が発達障がいのある子どもの母になるとは、まだ想像すらしていませんでした。
自閉症と診断された息子の誕生
2014年8月、早朝4時。
我が家の三男、朝陽が誕生しました。

「朝日のように、きらきらと眩しく
陽だまりのように、あたたかな人生を歩んでほしい」
そんな願いを込めて、朝陽と名付けました。
子育てをしていると、自然と育児書を手に取るようになります。
私も例外ではなく、さまざまな本を読みました。
けれど、朝陽の育児は、どうにも育児書の通りにはいきませんでした。
「書いてある通りにやっているのに、うまくいかない」
そんな経験を重ねるうちに、私は次第に育児書を開くことすらしなくなっていきました。
その後、朝陽が発達障がいと診断され、少しずつ現実を受け止められるようになってから、私は再び、本を読むようになります。
今度は、「正解を探すため」ではなく、「この子を理解するため」に。
発達障がいとは何か。
生きづらさとは何なのか。
子どものために、もっと学びたい——そう思えるようになったのです。

こちらは、これまでになかった発達支援雑誌です。
発達障害のある子どもにとって過ごしやすい環境ってどんな環境??
実例の写真などをもとに家庭や保育園幼稚園でも取り入れやすいものが紹介されていると思います。ちょっと宣伝になりますが…朝陽が特集で見開き1ページ取り上げられています。

誕生 赤ちゃんの頃の様子と特徴
3歳の頃に自閉症スペクトラムと診断された朝陽ですが、そんな我が家の三男朝陽が誕生したのは8月でした。

三人目の出産だったので特に心配する事もなかったですし、ちょっとした陣痛がきても「まだ大丈夫大丈夫…」私はそう思っていました。
「今のうちに1週間家をあける準備までしておこう」とギリギリまで食器洗って洗濯物を畳んで掃除機かける余裕もありました。
長男次男は幼稚園に行ってましたので、自分で車の運転をして長男次男を幼稚園へ迎えにいって、更にはスーパーで夕飯の買い出しもして,、子どもたちにはご飯を食べさせたりお風呂へ入れたりと、いつもの日常を送っていましたが、バタバタする私の様子から長男次男も赤ちゃんが産まれる事を察したようでした。
「これからお母さんは赤ちゃんも産むから、おばあちゃんちに泊まるんだよ」と私は子どもたちに説明をしてまた出産準備を再開しました。子どもたちはいつもよりちょっと興奮していたのですが、長男次男それぞれにちょっとだけ様子が違うのです。
長男は赤ちゃんの誕生は二回目の経験なので少し気持ちにも余裕があります。次男は初めてのことに戸惑いながらもお兄ちゃんになるのが楽しみな様子で「あした赤ちゃん見に行くね!」「僕もだっこできる?」と私に何度も何度も声をかけてきました。
家族みんなが朝陽との対面を本当に楽しみにしていました。

のちに自閉症スペクトラムと診断された朝陽ですが
そんな朝陽が生まれたのは早朝4時頃。

へその緒がちょっとだけ絡まって、出てくる時は少し苦しかったようですがそれでも小さな力で一生懸命頑張って、私たちのもとへ生まれてきてくれ他のです。人間の生命力って本当にすごいな…と何度出産しても感動する瞬間です。
命の尊さを出産するたびに感じます。
子どもたちのこれからの人生は、きっと楽しいこともあれば大変なこともあるでしょう。でも、どんなに辛くて雨の日が続いても、どんなに天気が悪くて凍える日が続いても、必ず朝日がのぼるから…だから大丈夫。
生まれてくる この子の人生も 明るくて暖かい未来になる事を願い、朝陽という名前を付けました。

元気に声をあげて泣いてる姿を見てほっとしたのを覚えています。
夫は立ち合っていたのですが、生まれる瞬間はトイレへ行っておりまして・・三男の誕生の瞬間に出会うことはできずに、助産師さんからは「あらお父さんもトイレで出産中だったかな?」なんて冗談を言われながら・・・まあ…それも振り返ると出産エピソードとして良い思い出です。
長男、次男、三男それぞれに誕生エピソードがあったな…なんてそれぞれ息子たちのアルバムを見返しながら私も温かい気持ちになります。

これはおくるみで身体を巻いています。
このおくるみの巻き方で巻いていると赤ちゃんも安心するようでぐっすり眠ってくれました。
0歳赤ちゃんの頃の特徴その1
YouTubeでも朝陽の赤ちゃんの頃の様子は何度もお話しましたが、赤ちゃんの頃は発達障害があるなんて1mmも疑う事がありませんでした。

長男や次男の頃の子育てと同じ、つまり定形発達の子どもと何も変わらないと成長だと思って育てていたのです。
じゃあ定形発達ってなに?
普通の発達って何?
と疑問にも思うところですが…母子手帳に書かれている発達段階を基準にすると
首の座りが3ヶ月〜4ヶ月くらいで
寝返りは4ヶ月くらいから5ヶ月くらいで
一人座りは7ヶ月から9ヶ月くらい
一人歩きが1歳から1歳3ヶ月くらい
(あくまでも目安です)
こういった目に見える発達の遅れがあると、市の発達相談に行かれたりする方も多いと思います。息子は0歳から1歳まで母子手帳通りで、特に発達に問題がありませんでした。

よく発達障害のある子は、赤ちゃんの頃にいくつか特徴としてあげられるものがあります。(しかし、これらが当てはまるからといって発達障害とは限りません)
例えば目が合わないとか、あやしても笑わないとか、言葉がでないとか…後追いをしないとか、夜泣きがひどいなど、色々言われることがありますが、息子はそういった事にもあてはまるものがありませんでした。

そんな朝陽を出産して3ヶ月くらい経った頃に我が家は引っ越しをしました。家族揃ってお宮参りへ行って落ち着いた時期を見て、おばあちゃんが住んでいた古い一軒家に引っ越す事になりました(築40年の本当に古い家です)
古い家ですが、大切にされていた家なので、壊して建て替える事がなかなか出来ずにいます。我が家は男の子3兄弟という事もあり、この先の子育てを考えると、子どもたちの声が気にならないように、アパートやマンションよりも一軒家のほうが私の精神面で考えても子育てしやすいのではないか?と夫婦で話し合って引越しする事にしました。
しかし…それはそれは大変でしたね。
引っ越しも大変でしたがそれ以上に・・次男の幼稚園送迎が大変でした。当時、次男がまだ引っ越す前の地域の幼稚園へ通っていたので、引越し先の家から毎朝往復1時間かけて次男の幼稚園まで送迎をしていました。1日送迎に2時間も費やすことに。
行きと帰りで2時間なので送迎のために2時間とられてしまうのが肉体的にも精神的にもきつかったです。なので朝陽も赤ちゃんの頃は1日に2時間、毎日車の中で過ごしていました。

今思えば申し訳なかったな…と思います。もうちょっと一緒に絵本を見て遊んだり、積み木やブロックで遊んだりしてあげれたら良かったのかな・・・なんて思ったりもします。
当時の息子には車から見える景色だけが刺激になるものだったと思います。
ま、でも。
三人育ててきましたが、子育てなんて失敗と反省の繰り返しだなとも思っています。正解なんてどこにもない子育てに母親は毎日必死にもがくしかないのです。
よく笑いよく寝る0歳の頃の様子
三人目の出産ともなれば何でも慣れたもの♪なんて言いたいところですが三人目の出産でも私は沐浴が苦手でした。

新生児の服を脱がすのも大変
今にも泣き出しそうで、こっちがおどおどしちゃうし今にも折れそうな手足を扱うだけでどっと疲れてしまいます。

寒そうなので早くお風呂に連れていきたいけれど、お風呂場でスタンバイしている夫と息が合わない…笑
選手交代!で私が沐浴するも・・・・互いに固まって緊張感溢れる空気 笑

固まっています。。
私の服もお湯につかってびちょびちょです。

落ち着いたら気持ちよさそうな表情で癒されるのですが、沐浴時間の目安ってのもなかなか難しいものです。
赤ちゃんの頃、朝陽は母乳もよく飲んでくれて添い乳をすれば飲み終えて満足してすーっとそのまま眠りにつく子でした。
授乳や寝かしつけに手がかかる印象ではありませんでしたし、0歳の頃にぐずって大変だったという印象があまりありません。
次男の幼稚園の送迎が1日往復2時間かかっていたので、その時間に脱着式のチャイルドシートでぐっすり寝てくれてる事も多くて、ベビーカーやチャイルドシートを嫌がる様子もありませんでした。(まだこの時は)

その当時 チャイルドシートは取り外し式のものを使用していたので、出先でも、チャイルドシートの中で眠っている朝陽をそのままチャイルドシートごとお店へ運んでいました。

車内で眠っても起こさずに移動が出来てとっても楽で、なんでこれ長男次男の時に使わなかったんだろうって思いましたね。
周りの人からも手がかからないねとよく言われていて、人見知りもあまり無かったように記憶しています。

0歳の頃はあまりベビーカーを使うことはほとんどなかったのですが、ベビーカーの中でも熟睡です。
新生児の頃は抱っこ紐を私はよく使っていたのですが、よく抱っこ紐の中でもぐっすり眠っていたように思います。

後に発達障害と診断される子の中には「なかなか寝ない」という子や「よく寝るから手がかからない」という子もいます(もちろん全ての子に当てはまりません)
我が家の息子は赤ちゃんの頃よく寝る子でした。しかし次第になかなか寝ない、手がかかる子になりました…。
今現在(保育園年長時)も夜中12時近くまで起きてる事があります。

産婦人科から退院して自宅へもどっても本当にスヤスヤねていました。
長男次男がうるさくても熟睡です。
3人目って本当にどこでも寝れますね。逞しい。

時に寝ながら笑ってる・・・・
3番目は何しても癒しです

むしろ起こしたくなるほどよく寝る子でした。発達障害のある子は手がかからないとう子もいますし、ギャンギャン泣く子もいて、寝る子だから発達障害、寝ない子だから発達障害という感じで決めつけるのは慎重になる必要があると思います。

それにしても赤ちゃんの寝顔は癒されますね。
手をバンザイして寝ているのもこの時期ならではの姿
こんなスヤスヤ眠る我が子を見てこの子に障害があるなんてこの時は思いもしなくて新生児との穏やかな毎日を送っていました。
ちょうど三男が赤ちゃんの頃は長男次男がサッカーを始めた時期でもあったのでサッカーの練習を見に行く時はずっと抱っこ紐の中で過ごしていて1日中外で試合がある時は1日の半分の時間を抱っこ紐の中で過ごすなんてこともありました。
大人しく抱っこ紐の中で過ごしてくれたので長男や次男のサッカーの様子をこの時はゆっくり見ることだってできました。
いつかは兄弟3人でサッカーする日なんて来るのかな?朝陽は野球がしたいとか言うのかな?なんて妄想するだけで幸せで、抱っこ紐を使わないと息子を見失うようになる生活がこの先待ち受けているとは全く想像もしませんでした。