#02 虹色の朝陽 生い立ち 1歳までの成長記録

2020年5月2日

友人の育児と比較する日々

私には、長男が二歳の頃からご縁の続いている友人がいます。

子どもを通して知り合い、気づけば長い時間をともに過ごし、今では「一番親しい友人」と呼べる存在になりました。

近年は互いの引っ越しもあり、以前のように頻繁に会うことはできませんが、子どもたちは今も変わらず仲良く遊びますし、私自身も迷いや悩みがあると、自然と彼女の顔が思い浮かびます。人生の節目節目で支え合ってきた、大切な友人のひとりです。

そんな彼女と、偶然にも同じ時期に妊娠し、ほぼ同じ頃に出産することになりました。

友人は三人目にして、念願だった女の子を授かりました。

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正直に言えば――羨ましい気持ちがなかったと言えば、嘘になります。

女の子の子育てへの憧れと、友人への祝福の気持ちが心の中で交錯し、そんな自分を情けなく感じることもありました。

一時は、その感情に向き合うことがつらく、少し距離を置いていた時期もあります。

私も、できることなら一度は女の子を育ててみたかった。

それは今でも、心のどこかに静かに残っている正直な思いです。

それでも――

今は、朝陽がこの世に生まれてきてくれたことが、何よりもかけがえのない幸せだと、迷いなく言えます。

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生まれた時期が二、三か月違うだけで、赤ちゃんの成長にはこんなにも差があるのだと、並んだ姿を見て驚いたこともありました。

同じ年に生まれ、同級生として成長を見守れることを、私も友人も心から楽しみにしていました。

幼稚園入園の悩みを共有し、小学校を前にした不安や、習い事をどうするかという迷いも語り合い、やがて少しずつ手が離れたら、「その時は一緒に子育てを終えて、二人で旅に出よう」――そんな未来を、何気なく思い描いていました。

彼女の存在があったからこそ、私は子育てを前向きに、楽しむことができていたのだと思います。

けれど。

この先、二人の歩みに、少しずつ、確かに差が生まれていくことになるとは――

この頃の私は、まだ想像もしていませんでした。

偏食があった朝陽の離乳食の様子

朝陽にも、いよいよ離乳食の時期がやってきました。

離乳食づくりは、想像以上に手間と気力を必要とするものです。

一人目、二人目、三人目――。

経験を重ねるほど、少しずつ力の抜き方を覚え、同時に「手をかけられなくなる」のも、無理のない流れだったように思います。

▼こちらは長男

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エプロンもして しっかりバンボを固定して トレーに乗ってます

記憶が正しければこれは離乳食で七草粥をした時かなと思います

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長男のハーフバースデーだったかな?

記念にただ作った離乳食ケーキ

(食べていません)

一人目は余裕もありましたし

ただ初めての子育てを楽しんでいた私です

▼こちらは次男

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二人目になるとエプロンをつける余裕がなくなってきました

なぜスプーンが二つあるんだろう??

二人育児に疲れが出てますね 笑

▼こちらは朝陽です

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もう食べる環境が整ってません・・・・汗

3兄弟の現実は大変です

三人目はたくましくなる

三人目にもなれば

座らせてない エプロンしてない トレーなんてありません

ただの人参ペーストです

(離乳食初期なので当然ですが)

正直に言えば、三人目の子育てとなると、離乳食に対する気持ちはどこか穏やかでした。

良く言えば、肩の力が抜けていた。

細かなことに神経質にならず、大雑把で、気楽な子育てをしていたのだと思います。

離乳食も、凝ったものを丁寧に用意する余裕はなく、

「とりあえず食べてくれたらそれでいい」

そんな感覚で向き合っていました。

離乳食も、凝ったものを丁寧に用意する余裕はなく、

「とりあえず食べてくれたらそれでいい」

そんな感覚で向き合っていました。

最初のうちは、野菜のペーストも口にしてくれていました。

けれど、いつの間にか食べられるものが限られていき、気づけば炭水化物ばかりを好むようになっていました。

次第に、後に発達障害のある子によく見られると知ることになる「偏食」が、少しずつ目立ち始めます。

それでも当時の私は、その背景を知る由もなく、

「私が手を抜いてしまったから、こうなったのではないか」

そんな思いが頭から離れませんでした。

朝陽の食事に悩む日々が続くなかで、

いつしかその矛先は、静かに自分自身へと向かっていきました。

責任を感じ、必要以上に自分を責めてしまうことも、少なくありませんでした。

そうこうしているうちに、偏食のまま時間は過ぎ、

朝陽はあっという間に一歳の誕生日を迎えます。

朝陽の偏食が「発達障害の特性」であると気づくのは、そこからさらに二年後のことでした。

そして今――。

六歳になった朝陽は、少しずつ、さまざまな食材に挑戦しています。

食べられるものも増え、時間をかけながら、自分のペースで前に進んでいます。

振り返れば、あの頃の私は、知らなかっただけ。

そして、必死だっただけなのだと、今はそう思えるようになりました。

朝陽7ヶ月8ヶ月頃の様子と特徴

朝陽が〇歳だった頃、チャイルドシートやベビーカーを嫌がることはほとんどありませんでした。

座らせると、いつもにこにこと穏やかな表情で過ごしていた記憶があります。

お兄ちゃんたちが公園で遊んでいる間も、ベビーカーの中で静かに待ち、

ときにはそのまま、すうっと眠ってしまうこともありました。

そのおかげで、長男や次男も思いきり外遊びを楽しむことができ、

家族での時間に大きな負担を感じることはありませんでした。

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この頃の長男は6歳で今の三男と同じ歳です

今6歳の朝陽ですが

こんなに落ち着いていないな😅

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ストローを使い始めたのは、いつ頃だったでしょうか。

手元に残る写真を見ると、おそらく九か月頃だったと思います。

今見返すと、頬がふっくらとしていて、思わず微笑んでしまいます。

ベビーカーに落ち着いて座ってくれる時期だったこともあり、

この頃、家族五人で初めて少し遠出をしました。

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週末の買い物や外出も、当たり前のようにベビーカーに乗ってくれていたので、

いつか「座ってくれない日」が来るなどとは、想像すらしていませんでした。

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発達障害のある子のなかには、歩き始めがゆっくりな子もいると聞きますが、

朝陽は八か月頃からつかまり立ちや伝い歩きを始め、

十一か月頃には、よちよちと歩き出しました。

表情も豊かで、

「この子に発達障害があるかもしれない」

そんなことは、この時一度も頭をよぎることはありませんでした。

当時、まだ言葉は出ていませんでしたが、私の呼びかけにはしっかり反応し、理解しているように感じていました。

だから、「そのうち自然に言葉も出てくるだろう」

そう疑うことなく思っていたのです。

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話しかけると、にこにこと笑って応えてくれる。

その姿を見て、

「この子のどこが自閉症スペクトラムなのだろう?」

――後に診断を告げられたとき、そう思わずにはいられませんでした。

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当時の私は、

どこにでもある、ごく普通の子育てをしているつもりでした。

まさか自分が、発達障害のある子の母になるとは、想像もしていなかったのです。

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ハイハイもできる。

お座りもできる。

目線も合う。

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「おいで」と声をかければ、ちゃんとハイハイしてこちらへ来てくれる。

意思疎通ができている――そう、確信していました。

この時は。

確かに、あの頃はコミュニケーションが取れていたのだと思います。

発達障害のある子のなかには、視線が合いにくい子もいると言われますが、

少なくとも、朝陽が幼い頃は、しっかりと目が合っていた記憶があります。

それが、いつからだったのでしょうか。

少しずつ、会話が成り立たなくなっていったのは。

気づけば、親子のやり取りは、私が一方的に話しかけるだけになり、息子からの反応は、ほとんど返ってこなくなっていました。

次第に、何を話しかければいいのか、どんな言葉を選べばいいのかさえ、分からなくなり、反応のない育児が、少しずつ心を疲れさせていきました。

こんな日々が待っているなんて――

この頃の私は、まだ知る由もありませんでした。

朝陽0歳お出かけの様子

朝陽が生後九か月頃だったでしょうか。

私たちは、家族でささやかな旅行に出かけました。

遠出ではありませんが、日常から少し離れた、穏やかな時間でした。

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朝陽は、抱っこ紐の中でよく眠ってくれていました。

その間に、長男のリクエストでドクターフィッシュを体験したり、足湯に浸かりながら、食べ歩きを楽しんだり。

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夫は「ちょっと気持ち悪いな」と何度も口にしていましたが、長男と次男は目を輝かせ、終始興奮していたのを覚えています。

動物と触れ合える場所もあり、モルモットやハムスターを前にした息子たちは、本当にうれしそうな表情をしていました。

とても嬉しそうでしたね

――ごく普通の家族旅行。

きっと、多くの家庭が経験している、何気ない時間です。

私たちも、特別な家族ではありません。

どこにでもいる、ごく普通の家族でした。

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その後、家族五人で遊園地にも出かけました。

三人目が生まれてから、初めての遊園地です。

朝陽はベビーカーに大人しく座り、おやつを食べたり、お茶を飲んだりしながら過ごしていました。

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特別手がかかることもなく、ベビーカーに飽きれば、私が抱っこ紐で抱き、その間に長男や次男と一緒に遊具で遊ぶ。

本当に、よくある家族のお出かけでした。

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ただ、その「普通の幸せ」が、どれほど尊いものだったのか――

当時の私は、まだ本当の意味では気づいていなかったのです。

いつからでしょうか。

家族で出かけることが、「楽しい」だけではなくなっていったのは。

この頃は、まだ抱っこ紐の中で穏やかに過ごしてくれていて、「歩けるようになったら、もっと一緒に楽しめる」「次に来るときは、家族五人で乗り物に乗ろう」そんな未来を、何の疑いもなく思い描いていました。

もっと、もっと、楽しい思い出が増えていくはずだと。

けれど――

結果として、家族五人で心から楽しめたお出かけは、この日が最初で、そして最後になりました。

この時の私は、まだ知りませんでした。

これから先、「お出かけの日」は、家族がそれぞれ別々に過ごす時間になっていくことを。

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数年が経ち、

私は、他の家族が当たり前のように並んで歩く姿を見て、心の中で何度も問いかけるようになります。

どうして、我が家は――

ただ出かけるだけのことが、こんなにも難しいのだろう。

楽しそうに笑う家族の姿を見るたびに、羨ましいと思ってしまう自分がいて、そんな感情に、そっと蓋をする日もありました。

あの頃の「普通」は、失って初めて、その輝きに気づくものだったのだと、今なら、静かにそう思えます。

  • この記事を書いた人

虹色の朝陽

3人の子育てをする元保育士 主な経歴として保育士・幼稚園教諭2種免許を取得・ミスフェアレディとして4年間勤務。結婚出産を経て認定こども園にて2年間勤務 現在はYouTube「虹色の朝陽」を運営するほか、音声配信Voicyのパーソナリティとして活動中。2022年10月に著書【虹色の朝陽】を出版

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