#04 虹色の朝陽 生い立ち 2歳3歳の記録

3歳の頃に発達障害(自閉症スペクトラム)と診断されました我が家の三男ですが、2歳の誕生日…2歳になっても本当に全く話せませんでした。

何かゴニョゴニョと言ってるのですが意味のある言葉が出ません。誕生日の日にケーキを消す時「ふーっ」っと言えたくらいです。

いつ頃言葉が出るようになったか??これまでの記憶をもとに動画でお話ししてますので1つの成長過程として参考になれば幸いです。

2歳の誕生日から8ヶ月後、息子は幼稚園未就園児クラスに入園することになるのですが・・・様々な困難が待ち受けていました。

幼稚園面接で会話が出来ない

2歳になっても意味のある言葉を話さなかった息子ですが、三男は未就園から幼稚園に入れて、そしたら私はパートでもしようと考えていました。

なので長男や次男がお世話になった幼稚園に、三男もそのまま入れたいなと思っていて秋になると幼稚園願書受け付けがはじまるのですが早めに提出して11月に親子面接を受けました。

親子面接といっても未就園児クラス希望の子達は基本的に挨拶や名前を言ない子も沢山います。

この時の私はまだ三男に障害があると思っていなかったので、ちょっとやんちゃな三男坊という気持ちで、面接会場では落ち着いて座っていれない息子に声をかけながら「早く面接終わりたいー」「疲れるー」なんて思いながら親子面接を受けました。

名前も言えない指差しもしない。

全く落ち着きのない息子は、長男次男が在籍していたという事を武器に?最大限に活用し?なんとか無事に?面接を終えることができました。

長男から3男までの子育て7年間ほどずっと私は家で子育てしかしていなかったので、外の世界とつながってない事へのストレスや自分時間がない事へのストレスからも、やっと解放される!なんて事を思っていたんだと思います。

これからパートの仕事をするという事は私にとって苦痛でもなく、やっと外で働ける事が楽しみで仕方なかったのです。

しかし息子の様子は相変わらず成長が見られないままでした。幼稚園に行けば沢山の経験をしてできることが増えたり、お友達からも刺激をもらって言葉が増えたりするはず!

幼稚園のお弁当を嫌でも毎日食べてたら少しは偏食も治るだろう!オムツは・・幼稚園にお任せしよう・・・なんて、そんな他人任せでいました。

しかし三男の幼稚園生活は私の想像とは全く違う園生活を送る事になるのです。

幼稚園から指摘された息子の偏食

3歳の頃に自閉症スペクトラムと診断された息子は2歳8ヶ月の頃に幼稚園未就園クラスへ入園しました。(年少の1つ下の2歳児クラス)

4月の入園当初。初めて作った作品です。

シールを貼るだけなのに、席を立ったり 教室から脱走したり・・・なかなか活動に参加出来ませんでした

そして・・・・偏食問題と食事中の躾と指摘された離席問題。

4月は家庭からのお弁当で、偏食の息子のお弁当に入れてあげれるのはシャケご飯と肉団子(冷凍)と卵焼き…のみです。

食べれるものしか入れてないのに、給食の時間に離席して教室の玩具で遊び出すなど、それを食べるのにも一苦労だったようです。あまりにも偏食が目立っており、食事中にも離席するので幼稚園からしょっちゅう家庭に連絡が入るようになります。

癇癪を起こして大怪我をした話

息子が幼稚園へ入園する1ヶ月前くらいに公園で大きな癇癪を起こして大怪我をした事があります。

公園から帰りたくないと大きな声で泣いて暴れて癇癪を起こしました。その時 軽いパニックになって 頭をブンブン振りながら走っている時、遊具にぶつかってしまい、おでこをひどく打ちました。

息子のおでこが大きく腫れ上がりました。

翌日はこんなに赤くなって目の周りもひどい状態でした。すぐに病院へ行っておでこを縫ってもらい検査をしましたが特に異常は見られず。

ホッと一安心したのですが…私はこれから先、この子を本当に育てていけるのだろうか??と心から不安になった事を今でも忘れません。

癇癪をおこしている子どもを見ると、なんてわがままな子なんだ?と思いますよね。発達障害のある子には感情のコントロールが難しく、言葉で気持ちを伝える事も出来ずひどい癇癪を起こす子が沢山います。

決して「わがままではない」のです。

そういった理解が少しずつ広がればいいなと思います。

自閉症の疑い…子育て相談室へ

息子は4月の入園当初から問題事が多く言葉も返事の「はーい」しか言えなかったので、私も色々と考え6月に子育て相談室へ行く予約をしました。

毎日のように幼稚園から息子の事で連絡がくるのも私のメンタルがやられっぱなしでした。

入園から約2ヶ月経って、私が感じていたのはやっぱり息子は他の子と何かが違う・・・。全然集団生活が送れていないと思いモヤモヤする気持ちをどうにかしたいと思い息子の為に行動へ移すことを決めました。

私はまだこの時、役所に相談して「大丈夫ですよ」「問題ないですよ」「そのうち話しますよ」「少しずつ園にも慣れて行きますよ」「ちょっとずつご飯も食べれるようになりますよ」…そんな言葉を言われる事を期待していたように思います。

幼稚園からは息子について書かれた資料を頂く事になりました。どんな事が書かれているのか?そこには私が想像している以上の、息子の問題行動がびっしり書かれていました。

朝陽は入園して2ヶ月3ヶ月たっても言葉が増える事はありませんでした。全く言葉も出なかったのでもちろん日々の生活は変化しないまま、このままでいいのかな?どうしたらいいのかな??と何度も自分と向き合って、夫にも相談して市役所にある療育相談室へ相談に行く事を決めました。

子どもの発達に不安になった時に、いざ何をすればいいのか?って当時は右も左も分からず…正直なぜあの時、市の発達相談を選択したのか…はっきりと覚えていません。

おそらく日々ネットサーフィンを繰り返す中で、役所での発達相談という情報にたどりついたんじゃないかなと思います。

 我が家が住む市役所に療育相談室があり、言葉の遅れや発達の遅れを相談出来るようになっていました。まずは相談の予約が必要だったので相談の予約の電話をしました。幼稚園に通っている事などを相談窓口の方にお話しして、面談の日程を決めて、その日まで準備してほしいものを伝えられました。

持ってくるものとしてお願いされたのは

・息子の幼稚園での様子を担任の先生から書いてもらった物
・幼稚園で書いた絵や制作物
・母子手帳

この3つをお願いされました。

子育て相談に行く事を担任の先生にもお話しして、書類を書いていただくようにお願いしました。すると幼稚園からも、面談でどうだったか?また詳しく教えてくださいとお願いされました。

子育て相談室での面談当日。

面談は臨床心理士の方2名と私と息子の4人で行いました。息子は1人の臨床心理士の方とブロックなど玩具で私の近くで遊びながら、私はもう一人の臨床心理士の方と面談をしました。

面談では、息子のこれまでの成長過程や、言葉の遅れ、かんしゃくを起こす事や自傷行為がある事、偏食がある事、家や教室から脱走する事などを私の方から相談して幼稚園から頂いた朝陽に関する資料をお渡ししました。幼稚園からの資料にも同じような朝陽の問題点が記載されていました。

余談ですが、子育てをしている方へ…私は育児日記を書く事を本当にお勧めします。別に毎日書く必要ないんです。時間に余裕があるときでいいので、0歳から6歳くらいまではぜひ育児日記をつけてほしいですね。

何歳何ヶ月で言葉が出たとか、寝返りやお座りなどもそうですが偏食や癇癪が見られはじめたのはいつか?いつ頃から子どもに違和感を感じてるとか、最初に診断を受けたのはいつ?だとか、診断名がおりたのはいつ?とか診断結果の内容とか…そういった記録は、このような発達相談だけではなく、療育へ通所するようになる時や、医師からの診断を受ける時や療育手帳を取得する時や小学校へ入学する時も就学相談などでも必要な時がありますし、将来障害者年金を申請する時も色々と必要な情報があります。

別に障害がなくても、その育児の記録は何年後かに必ず何かしら役にたつ時があります。

私が良かったと感じるのは、記録を振り返り子どもの成長を感じることが出来た事です。なので、子育て中のお母さんには、時々手帳を開いて成長の記録を書き留めていくことをおすすめしたいです。

話はもどって、その日面談を終えて臨床心理士の方から 言われた言葉は…息子さんには産まれてもった何かしらの発達の問題があるかもしれませんという言葉でした。

臨床心理士さんは医師とは違うので、診断名をつける事はできません。なのでオブラートに包みながらお話しされていました。

自閉症ですとは 臨床心理士の方も言えないので、障害がありますねとはハッキリ言われませんでしたが、私はその時、息子が産まれた時から障がいを持っている子なんだろうなということを確信しました。

でも、どこか納得してない自分もいました。

私は 受け入れる自信がなかったのかもしれませんし、向き合おうという気持ちが無かったのかもしれません。

どこか説明に納得がいかないまま、本当に障害があるのか?間違いであってほしいって…帰りの車の車内で一人で泣きながら息子を連れて帰りました。

きっとよくなる

きっとしゃべれるようにもなるし

落ち着いて行動出来るようにだってなる

給食だってちょっとずつ食べれるようになる

臨床心理士さんが言ってる事が間違いだったって今日の事は全部笑い話になる日がくるはず

きっと大丈夫・・・・

私は今にも心がボロボロになりそうな自分の心を慰めるのに必死でした。

そして その夜夫と2人で話し合いました。

仕事から帰ってきた夫に「どうだった?」と聞かれたので「障がいがあるかもしれないって言われた・・でも、、、違うよね?担当の人からは、名前を呼んでも振り向かなかったから息子に何か問題があるって言ったんだよ?たまたま玩具に夢中になって遊んで振り向かなかっただけだよね?いつもは名前呼べば振り向くよね?気づくよね?障害じゃないよね??」と一人で涙を流しながらその日の出来事を一気に話す私に、ただただ「うんうん」「うんうん」とうなずきながら夫は私の話を聞いてくれました。

そして夫はただ一言「「障害」ってことなんだろうね」と冷静に私に言いました。

夫は冷静に話しながらも目には涙があふれていて、信じたくない認めたくない気持ちがありながらも…でも「やっぱりそうだったんだ。これまで息子が育てづらかったのは障害があったからなんだ」と、どこか納得した様子でした。

私たち夫婦の中では結局そういう事なんだねってその事実を受け入れながらも、これからどうやってこの子を育てていけばいいんだろうって、不安な気持ちは消える事ないまま泣きながら夫婦で朝を迎えたのを今でもはっきりと覚えています。

幼稚園の給食は一人ぼっち

入園当初から多動で教室を脱走したり食事中に席を離れたり、お友達にちょっかい出してトラブルになったり、そんな息子は給食の時間にお友達と一緒に食事をする事が出来ませんでした。

この写真は保護者のグループラインでまわってきた写真です。

通っていた幼稚園は自由参観スタイルで保護者が自由に好きな時間に子どもの様子が見れるようになっていました。

自由参観へ行った保護者がクラスのグループラインで動画や写真を投稿してくれました。私はこの動画を見て初めて、息子がお友達と別に離れた場所で一人で給食を食べていると知りました。

また別の日の様子を保護者の方がグループラインに投稿されました。

幼稚園の対応にも涙が溢れてきましたし、動画を投稿した保護者の事も理解出来ませんでした。

息子の席だけあえて離れた場所にしたのは、息子にとって過ごしやすい環境を考えての対応だったのかもしれません。私はそれならそれでいいと思っています。だけど、せめて一言家庭に相談して欲しかったという思いでいっぱいです。「机を離してもいいですか?」という相談が…ただただそれが欲しかっただけなのです。

これから数日たち、このことについて先生とお話しました「席をもとに戻します」という事で、息子はお友達と一緒に給食を食べれるようになりました。息子に手がかかるのは私も十分に理解しているつもりだし、園としても負担があったこととおもいます。

しかし、障害のある子も一緒に過ごせる環境ってどんな環境だろう?

他に方法はなかったのだろうか?と私は今も正解のない答えを探しています。

父の日参観をずる休み

6月に幼稚園の初めての行事、父の日の参観がありました。

長男次男の時も同じ幼稚園だったので、父の日の参観でどんなことをするのかなんて分かっていました。

お父さんと一緒に鍵盤ハーモニカをふいたり、外で玉転がしのレクレーションとかしたり、普段あまり幼稚園に来ないお父さんたちが子どもたちと楽しそうに笑顔で触れ合っている父の日の参観は私たち母親からみてもほっこりする瞬間です。

父の日の親子参観は夫と息子の二人で幼稚園へ行く予定になっていました。夫もこれまで4、5回参観の経験もあったので、慣れたものなんですが三男は別問題です。

言葉も出ない、癇癪はおこす、部屋を脱走する・・・そんな当時の息子と親子参観に行ったところでまともに行事に参加できるわけないと私たち夫婦は同じことを考えていました。

親子参観当日まで、夫婦でどうする?どうする??なんて相談する中、幼稚園からは「父の日の参観楽しみにしていますね」と言われてプレッシャー(その裏には何か意味が隠されている事)を感じていました。

参観へ行くことに対して、夫婦揃って考えていたことはおそらく一緒で、参観で朝陽が癇癪おこしたら他の保護者からめちゃくちゃ見られるだろうな・・・そしてそんな状況になった時にうまく対応できる自信もありませんでした。それが、当時の私たちの夫婦の素直な思いだったと思います。

夫は子育てに協力的だったので、小さいころから一人で子守もしましたし、買い物にも連れていったり公園へ連れていったり、私抜きで子どもたちとキャンプへ行くこともあるほど子煩悩です。

そういった行事にも絶対行きたくないと言うようなタイプの人ではなかったので参観も行くだろうと思っていましたが、でも三男の時はやっぱりちょっと夫の様子が違っていて、あまり乗り気ではない気が思いということはなんとなく様子を見ていて伝わってきたのを覚えています。

私たち夫婦は、そんな状況から逃げるように父の日の参観をありもしない用事を理由に欠席することにしました。参観が近づいたタイミングで「参観にいっても、多分参加できずに何もできないと思う」と夫に伝え「行ってもあまり意味ないよね」といった夫婦の会話をして「もう用事があるって言って休もうか・・・」というふうに夫婦の間で話がまとまりました。

おそらく、きっと幼稚園の先生たちは、私たちの嘘に気づいていたんじゃないかなと思います。そんなずる休みをした私たちに幼稚園から連絡が来ました。後日、私たちは三男の様子を幼稚園へ見学へ行くこととなりました。

幼稚園で唯一出来た事

集団生活が送れず問題行動も多かったので、そんな息子にどう接していいのか分からな行くなりました。

一緒に遊んでもすぐどこかへ行く、話しかけても反応しない、ご飯を作っても食べない…子育てを楽しめてるなんて思えませんでした。

ただ「とりあえず育てている」それだけだったんです。

そんな息子でも出来る事 好きな事がありました。それは「走る事」と「水に潜る事」です。活動でのかけっこやプールは毎回楽しく過ごしていたそうです。でもこの時の私は、そんな息子を「何も出来ない子」「運動が出来ても意味がない」と思っていたのです。

しかし、あれから3年が経ち息子は大好きなスイミングに通う事になりました。楽しそうにスイミングへ通っていました(小学校に入るタイミングで辞めました)

https://youtu.be/MkkjHQAqFto

あの日の私に教えてあげたい。「何も出来ない子なんていないんだよ」「幼稚園や学校で何か出来る事が価値ある事ではない」と。

6歳になった朝陽(スイミングでの様子)

その子の好きな事 得意な事 夢中になれるものがいつか必ずきっと見つかるから
たくさん色んな経験をさせてあげてねと、あの日子育てを諦めていた私に伝えたいです。

  • この記事を書いた人
中尾きみか

中尾きみか

3人の子育てをする元保育士 主な経歴として保育士・幼稚園教諭2種免許を取得・ミスフェアレディとして4年間勤務。結婚出産を経て認定こども園にて2年間勤務 現在はYouTube「虹色の朝陽」を運営するほか、音声配信Voicyのパーソナリティとして活動中。2022年10月書籍【虹色の朝陽】を出版

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